シン・エヴァンゲリオン感想

※ 本記事はシン・エヴァンゲリオン劇場版のネタバレを多分に含みます。

本記事では「旧作」を「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」と定義する。
また、本記事は自己理解に依る記述があることをご了承願いたい。

総評

僕はシン・エヴァンゲリオンを高く評価している。それは以下の2つの理由による

各人の幸せがおおよそ可視化されたこと、について

旧作でのシンジは補完計画の中心として、他人への恐怖を覚えぬ世界(補完計画の完成)か、いままでと同じく他人への恐怖を抱く世界(補完計画の否定)かのどちらかを選ぶことになる。他者を恐れる彼が己と向き合った末に、「他者とはわかりあえるかもしれない」と補完計画を否定しその先へと足を踏み入れた。そしてその先にあったのは他者からの(への)拒絶である。彼は幸せへの道筋を見たかも知れないが幸せを掴んだわけではなかった。ゲンドウはシンジと同じように他人を恐れていてシンジとわかりあえずユイとの再開を果たせぬまま殺された。アスカは結局誰かの承認を得ることなく、エヴァシリーズに惨敗したのだからたまったものではないだろう。
さて、今作でのシンジは他者の幸せを自身の幸せと確信し、補完計画の中心として他のエヴァパイロットの幸せを望み、エヴァが必要のない人が人らしく生きられる世界を望んだ。その結果としてアスカは拠り所を見つけ、カヲルも自身の幸せはシンジの幸せと理解した(レイについては正直良くわからなかった。シンジがエヴァに乗らなくて良いようになったから良いのかな…)。 また、シンジは同じように他者を拒絶してユイに依存していたゲンドウと対話することで、彼の幸せを引き出した。そしてゲンドウは最後にユイの開放を成し遂げたのだ。
こうしてそれぞれの幸せが可視化されていたことに僕は満足を覚えた。
その一方で、ミサトは惜しかった。彼女はシンジに重責を負わせたことを悔やみ続けており、その経験もあってか息子から遠ざかる道を選んだ。最終的にシンジが立ち直り自ら贖罪のためエヴァに乗る決意をしたこと、そして自身の願いを彼に押し付けるのではなく託すことができたことで彼女はその重荷を下ろすことができた。しかし、最終的に自ら一方的に縁を切った息子への後悔は拭えずに終わってしまったのだから。
ここまでぐだぐだ書いてて気づいたが、結局の所、僕はシンジが幸せを掴むことができたことが嬉しかっただけなんだろうな。

エヴァンゲリオンと決別したこと、について

副題にもある通り、本作はエヴァンゲリオンの決別を描く作品であった。それは劇内の「兵器」としてのエヴァンゲリオンだけでなく、「作品」としてのエヴァンゲリオンも含意する。 本作で語られているのは、旧作の世界も本作の世界も、とあるゴールに向かう輪廻の一部であるということである。これの意味するところは、シン・エヴァンゲリオンは旧作の完結も描いたということだ。もちろん、旧作が終わっていなかったという話ではなくて、あれはあれで一つの終局の形である。しかし、監督としても後ろ向きな終局だけでない終局がほしかったのだろう。 序から始まる新劇場版はTVシリーズと旧作の流れを無視して完全に新規に作ることもできたろう。しかし、そうではなく新規に作り直すどころか旧作を一部として取り込んでいる(プロジェクトが立ち上がった段階でどのくらい意図されていたかは不明だが、結果としてそうなったのだ)。監督が旧作を踏まえたこと(旧作への未練すら感じることができたこと)やもう一度終局へと導いてくれたことに、旧作を何回と見直した僕は深い感銘を受けたのだ。
(ここで旧作の終局を否定的に書いているようであるが、僕はあれも好きである。心の壁がある限り他者への恐怖が潰えることはないが、シンジはやや前を向いたのだから)

映画の最後にスクリーンの右下に表示された「終劇」の文字は、僕に晴れやかな気持ちをもたらしてくれたのだ。ああ、すべてが終わったのだと。

エヴァンゲリオンを初めてみたのは中学生の時だった。TVシリーズを何週か見たがあまり良くわからなく、登場人物は嫌いな奴らばかりだった。旧作も10回以上は見たと思うが、あの終局に納得いっているのか自分でもよくわからなかった。結局、エヴァンゲリオンという作品が好きか嫌いかわからずにいた。
でも、シン・エヴァンゲリオンを見てはっきりした。エヴァンゲリオンという作品を知れて良かった、と。

ありがとうエヴァンゲリオン

雑感

  • トウジとケンスケが生きてるの嬉しくなっちゃったし、トウジが医者やってるのも委員長と結婚してるのも良すぎる
  • ケンスケがうつ状態シンジに対してあまり干渉することなく、何もせず何も言わずにいる状態も「今はそれでいい」と認めてくれるの優しいし、トウジは初号機のせいで妹怪我させられてて更に親をも失っているのにも関わらずシンジの生還を心から喜ぶのも器がでかくて泣いちゃう
  • シンジの自己評価の低さと他人の優しさとのギャップでめちゃくちゃ苦しむの、正直気持ちがわかってしまうので見てて辛かった
  • 最初の戦闘シーンから一変して、旧に文化レベルが下がった村での無知で無垢な綾波(のそっくりさん)が農業をするシーン、カントリーな音楽と相まって見ててめちゃめちゃ気持ちよかったな、エヴァンゲリオンでこんな爽やかなシーンが見れるとは
  • 綾波(そっくりさん)が村での生活の中で色んな人たちと触れ合って人間らしくなっていくの良すぎるし、見てて正直めちゃめちゃかわいかったな。エヴァのキャラをかわいいって思ったこと全然なかったんだけど、綾波かわいかった
  • シンジに対して泣きつくサクラに、アスカが女房かよって突っ込むの普通に笑っちゃった
  • 命の恩人であり親の仇でもあるシンジのことを憎んでるんだけど完全に敵視してるわけでもなくて、シンジが苦しい思いもするのも嫌なんだけど、エヴァに乗るとシンジも自分らもろくなことにならなそうだからエヴァだけはどうしても乗ってほしくなくて、っていう複雑な思いを処理できず混乱してるサクラが本当にいたたまれなかった…
    • なんかサクラは言動が理解できなくてやべー女扱いされてめちゃくちゃ人気が出てるらしくて笑ってしまった。わかる…
  • シンジがエヴァに乗るって言ってるのに「碇さんはエヴァには乗りません」って断言するサクラにめっちゃ違和感あって、見終わったあとに気づいたんだけど、(いまから怪我させてエヴァを操縦できないようにするから)碇さんはエヴァには乗らんのです、ってことか。やべぇ…
  • 最終的にサクラがどうなったか教えてほしい
  • ヤマト作戦が始まったあとの、砲撃とか言って戦艦撃ち出すのとかエヴァなんとかシリーズとか言って無限にエヴァが出てくるのとかいきなり槍作り出すのとかシンクロ率が無限大になるとか、そういうスケールのデカさで解決する感じにガイナックスの息を感じてしまう。シン・グレンラガン
  • マイナス宇宙で量子テレポート繰り返すゲンドウ、字面と絵面がシュール過ぎて笑うだろあんなの。やりたい放題にも程がある
  • アスカのコピーを作ったの、使徒化したアスカを補完計画に利用するとかの色々な目的があるんだろうけど、「惣流・アスカ・ラングレー」から「式波・アスカ・ラングレー」への名前を変更したことへのメタファーと言うか手向けと言うか、とにかくそういうのを感じてしまう
  • ゲンドウがリツコに撃たれるのめっちゃ良い。旧作でリツコがゲンドウに撃たれて死んだのと対比になってる
    • 他にもそういう旧作のオマージュみたいなのたくさんあって見てて気持ちよかった
  • シンジとゲンドウがエヴァに乗って色んな場所でチャンバラし始めたときは、これこれこれこれこれこれなんだよな~、これが見たかったんだよな~、ってめっちゃ興奮してしまった。
  • 初号機が自分と十三号機を貫いたあとに、色んなエヴァが串刺しにされていくシーン、やりたいことはわかるんだけどダサくて笑った
  • リリスの顔面の綾波が普通に気持ち悪くて嫌だった。旧作はでかい以外普通の綾波だったじゃん、あれみたいな感じじゃダメなの
  • 真希波・マリ・イラストリアス、結局どういう存在なのか全然わからんかった、なんで日本に不法侵入したかわからんし、NERVでエヴァパイロットやってた理由もWILLEについた理由もわからなすぎる、あの女なんなんだ~
    • そもそも年齢はいくつなんだ。エヴァパイロットだとするとシンジと同年齢になると思うんだけど、ゲンドウの回想に出てきてんだよな。そうなるとシンジよりだいぶ年上になる気がする。ゲンドウと一緒に居たのがマリの母親だったとか考えた場合、冬月を「先生」呼ばわりしてるのが納得いかないし…
  • イスカリオテのマリアって名前めちゃくちゃしびれてしまった。救世主を産みし者と救世主を裏切りし者の名前の融合
    • 補完計画の中心を救世主と考えた場合、もともと補完の中心としてエゴを達成しようとしたゲンドウを裏切り(裏切りって言い方はちょっと違うかもしれんが)、新たな補完計画の中心であるシンジを導いたマリを表してるなって思った
  • マリがシンジを迎えに行くシーンの絵コンテのやつとか、エンディングの実写のシーンとか、旧作のセルフパロディと言うか自虐みたいに見えてしまうのは穿った見方だろうか
  • 最後の見せ場で帽子を脱ぎサングラスを外し髪を解いたミサト、かっこよすぎんだよ。ミサトめちゃくちゃいい女だ
    • BGMが完全にAerosmithのI Don't Want to Miss a Thingだったな
  • この結末を導くにあたっていくつか強引なところもあったとは思う。シンジはカヲルとの死別と自身の過失から立ち直る必要があったが、その立ち直りがあまりにも急すぎた(きっかけが綾波コピーの言葉しかないように見え、きっかけとしては弱いように見える)し、WILLEや第三村の人たちも崩壊した世界を受け入れて前進しようとしていた(絶望のコンティニュー)のにもかかわらず、シンジは槍の力で世界を書き換えてしまった。よって(当然ではあるが)すべての人が望んだ世界にはなっていないだろう。
    • 目の前で綾波を失っても凹まず最終的にヴンダーに乗るとか言いだすシンジ、急に強くなりすぎだろ。何があったんだよ